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東京地方裁判所 平成8年(ワ)2224号 判決

原告

国民金融公庫

右代表者総裁

尾崎護

右代理人支配人

矢口直二

右訴訟代理人弁護士

桑原収

小山晴樹

渡辺実

堀内幸夫

青山正喜

被告

細野太一郎

右訴訟代理人弁護士

柴田敏之

澤口秀則

小畑英一

本山正人

主文

一  被告は原告に対し、三〇二〇万六三八三円及び内三〇〇〇万円に対する平成七年一一月一日から支払済みまで年14.5パーセント(年三六五日の日割計算)の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文と同じ。

第二  事案の概要

本件は、原告が、原告から訴外コトラス株式会社(以下「訴外会社」という。)への金銭貸付けの連帯保証をした被告に対し、訴外会社の分割金の未払又は和議開始の申立てという約定の期限の利益喪失事由該当を理由として、残元本三〇〇〇万円と期限の利益を喪失するまでの約定の利息及び期限の利益喪失後の遅延損害金の支払を求めた事件である。

これに対し、被告は、訴外会社につき弁済禁止を含む和議開始前の保全処分が発令されており、訴外会社には期限の利益の喪失の効力が及ばず、保証債務の付従性により連帯保証人の被告も期限の利益を喪失していないと主張している。

一  (争いのない事実等)

1  原告(上野支店扱い)は訴外会社に対し、平成二年一二月一九日、八七〇〇万円を次の約定のもとに貸し渡した(以下「本件借入れ」という。)(甲一)。

(一) 元金支払方法 平成三年一月から毎月末日限り、一〇〇万円ずつ八七回に分割して支払う。

(二) 利息 年8.1パーセント(年三六五日の日割計算)とし、平成三年一月から毎月末日限り支払う。

(三) 遅延損害金 年14.5パーセント(年三六五日の日割計算)

(四) 期限の利益喪失特約 元利金の支払を一回でも怠ったとき、和議開始の申立てがあったときは、通知催告を要せずして当然に期限の利益を失う。

2  被告は原告に対し、前記同日(平成二年一二月一九日)、訴外会社の原告に対する前記借入金債務について連帯保証した。

3  訴外会社は当裁判所に対し、平成七年一〇月三〇日同社について和議開始を申し立て(平成七年(コ)第二九号)、また、当裁判所は、訴外会社からの申立てに基づき、別紙決定内容のとおりの和議開始前の保全処分を決定し(平成七年(モ)第八二五九七号、以下右決定を「本件保全処分決定」という。)、右決定は確定した(甲一〇、乙一、二、弁論の全趣旨)。

4  訴外会社は、平成七年一〇月三一日限り弁済すべき本件借入れの分割金を支払わず、同日が経過した。

5  本件借入れの平成七年一〇月三一日経過時の残元本額は三〇〇〇万円、これに対する平成七年一〇月一日から同月末日まで年8.1パーセント(年三六五日の日割計算)の割合による利息額は二〇万六三八三円である。

二  (争点)

1  和議開始前の保全処分による弁済禁止決定が発令された後の分割金の不払は、履行遅滞による期限の利益喪失事由に該当するか否か。

(被告の主張)

(一) 最判昭和五七年三月三〇日(民集三六巻三号四八四頁)は、会社更生法三九条に基づく弁済禁止の保全処分について、右保全処分により更生手続開始の申立てをした会社は債務の弁済をしてはならないとの拘束を受けるから、保全処分決定後に弁済期が到来しても、債権者は債務者である申立て会社の履行遅滞を理由に契約を解除することはできないと判示した。この判示は、会社更生法三九条と趣旨及び目的を同じくする和議法二〇条の保全処分においても同様に解釈されるべきであり、弁済禁止の保全処分が発令されている以上、履行遅滞の責めは負わないと解すべきである。また、右判示は、所有権留保売買契約の事案であるが、貸金請求の場合も同様に解すべきであり、弁済禁止の保全処分によって元利金の支払を止めている以上、債務不履行はなく、期限の利益の喪失事由には当たらないと解すべきである。

(二) 訴外会社は、平成七年一〇月三一日の本件保全処分決定により、原告に対する同日支払分の分割金を支払わなかったものであって、履行遅滞の責めを負わず、期限の利益の喪失事由には当たらないと解すべきである。

そして、主債務者である訴外会社が期限の利益を喪失していない以上、保証債務の付従性により保証人である被告のみが期限の利益を喪失することもない。

(原告の主張)

和議法二〇条に基づく和議開始前の弁済禁止の保全処分は、債務者が一部の債権者だけに任意弁済して和議成立を阻害することを防止する趣旨で、債務者に対し所定の不作為を命じるものである。

したがって、右弁済禁止の保全処分は、債権者に対して取立てを禁じるものではないし、また、債務者に一切の債務不履行責任を免れさせるような効力まで与えるものではない。すなわち、期限の利益を喪失させない効果まで認めることはできない。

2  和議開始の申立てを期限の利益喪失事由とする特約は無効か否か。

(被告の主張)

前記最判昭和五七年三月三〇日は、会社更生手続申立ての事案において、会社更生法の目的・趣旨から、会社更生手続開始申立てを解除事由とする特約は無効であると判示している。

右判示は、企業の再建という点で趣旨目的を同じくする和議手続においても同様に解されるべきであり、和議手続の申立てを理由とする期限の利益喪失約定は無効である。

したがって、訴外会社は期限の利益を喪失しておらず、主債務者である訴外会社が期限の利益を喪失していない以上、保証債務の付従性により保証人である被告のみが期限の利益を喪失することもない。

(原告の主張)

和議申立てを貸金の弁済期の期限の利益喪失事由とすることは、契約自由の原則から当然認められるものであり、また、右特約が和議制度の目的に反し、当事者間に不都合を生じさせるものだとは到底いえない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(保全処分による弁済禁止決定発令後の分割金の不払は履行遅滞による期限の利益喪失事由に当たるか)について

和議開始決定の申立てがあった債務者に対して和議法二〇条の規定による弁済禁止の保全処分が命じられたとき、債務者はその該当する債務を弁済してはならないとの拘束を受けるのであるから、右保全命令後に弁済期が到来した債務の履行をしないことに法律上正当な理由があることになり、債務者は履行遅滞の責任を負わないことになる。

したがって、本件保全処分決定に基づき、原告に対する右決定後の分割金を支払わなかった訴外会社は履行遅滞の責任を負わず、原告は、右履行遅滞を理由として期限の利益を喪失させることはできないものと解される。

二  争点2(和議開始申立てを期限の利益喪失事由とする特約の効力)について

本件借入れにおいては、和議開始の申立てがあったときを期限の利益喪失事由とする特約が存在するが、金銭消費貸借債務の期限の利益が喪失したとしても、債務者としては、本件の訴外会社のように弁済禁止の保全処分を得てその支払を停止する途などもあり、和議開始の申立てを期限の利益喪失事由とする特約が存在することによって、債務者の破産を予防しようとする和議法の趣旨を直ちに害するものとは解されず、本件全証拠によっても、本件借入れについて、和議開始の申立てを期限の利益喪失事由とする特約が無効であると認めることはできない。

なお、被告は、最判昭和五七年三月三〇日の判示(「買主たる株式会社に更生手続開始の申立ての原因となるべき事実が生じたことを売買契約解除の事由とする旨の特約は、債権者、株主その他の利害関係人の利害を調節しつつ窮境にある株式会社の事業の維持更生を図ろうとする会社更生手続の趣旨、目的を害するものであるから、その効力を是認し得ない。」)は、企業の再建という点で趣旨目的を同じくする和議手続においても同様に解されるべきであり、和議手続の申立てを理由とする期限の利益喪失約定は無効であると主張する。しかしながら、更生手続開始の申立ての原因となるべき事実が生じたことを売買契約の解除事由とする特約は、それが有効とされると、更生手続が開始された場合、更生会社再建の基礎をなす財産を喪失させることになって会社の更生を不可能とするおそれがあるほか、買主たる更生会社の有する条件付権利を喪失させ、他の債権者の犠牲において売主を優遇することにつながるものであって、会社更生制度の目的に明らかに反するものといわざるを得ないが、これに対し、本件のような和議開始申立てを金銭消費貸借契約の期限の利益喪失事由とする特約は、それが有効とされても、債務者は残元本とその遅延損害金の現実の支払義務を直ちに負うことになって支払期にある金銭債務の額が増大することになるものの、前述のとおり、弁済禁止の保全処分を得てその支払を停止する途があることや、期限の利益を喪失した当該金銭債務についても和議債権として他の債権者との公平を図ることが可能であり、前記最判は本件と事案を異にするものであり、右最判の趣旨をもって、本件借入れの和議開始の申立てがあったときを期限の利益喪失事由とする特約は無効であるとする被告の主張は採用できない。

三  結論

したがって、本件借入れは、平成七年一〇月三〇日に借主である訴外会社について和議開始の申立てがあったことにより期限の利益を喪失しており、本件借入れの連帯保証人である被告に対し、連帯保証債務として、残元本三〇〇〇万円、これに対する平成七年一〇月一日から同月末日まで約定の年8.1パーセント(年三六五日の日割計算)の割合による利息二〇万六三八三円及び残元本三〇〇〇万円に対する期限の利益が喪失した後である平成七年一一月一日から支払済みまで約定の年14.5パーセント(年三六五日の日割計算)の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は理由がある。

(裁判官本多知成)

別紙決定内容

一 債務者は、あらかじめ当裁判所の許可を得た場合を除き、

1 平成七年一〇月三一日以前の原因に基づいて生じた一切の金銭債務(租税その他国税徴収法の例により徴収する債務、従業員との雇用関係によって生じた債務、並びに電気・ガス・水道・電話・通話料の各料金を除く)の弁済及び担保提供

2 金員の借入れ(手形の割引を含む)

をしてはならない。

二 債務者は、平成七年一〇月三一日以降、毎月末日ごとに、売掛金、貸付金の回収及び金銭収支の状況について、その翌一〇日以内に当裁判所に報告すること。

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